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写真撮って、日記書いてます。

『シン・ゴジラ』を見てきたぞ(しかも2回)

日記 日記-そのほか

シン・ゴジラ』を見てきた

シンゴジラのパンフレット。買ったけど読んでないです。

iPhone5s

 

しかも2回。月初めの「ファーストデイ」と、仕事終わってからの通常の日に鑑賞してきました。いやはや、面白かったけど突然冷める(というか現実に引き戻される)映画だと思いました。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

 

長いしっぽがとてもいい。んで最後のあのシーン。あれは面食らった。あれはやっぱあれだよね…?

 

以下感想文。

1回目

ファーストデイで安くなるので調子乗ってMX4Dで鑑賞したら2倍くらいの値段になった上に、座席の衝撃やら水しぶきやらで集中して映画を見ることができない…!音響は素晴らしくて、頭の後ろの方から重低音やら何やらが聞こえてきたときはびっくりでしたね。ゴジラの足音とか怖すぎ。

で、あっという間の2時間で、何が何だかわからないまま終わってしまった、というのが本音。第二形態出てくるなんて話聞いてなかったから気持ち悪かったし、自衛隊の攻撃にいたるまでのプロセスやら法的根拠で議論するなんてのは、いつものゴジラ映画と違っていて新鮮だった。

ゴジラだけどゴジラじゃねえ」「いつものスーパーメカやらメーサー戦車が出てこねえ」そんな印象。いっぱい語りたいけど、言葉が頭に追いついてこない。

 しかしおなじみのメーサー戦車が出てこないのは…まあしょうがない。

2回目

今回は通常のシアターで鑑賞。右隣に座ったおっさん2人連れは特撮映画マニアな雰囲気出してて始まる前に2人で「どんなもんかねえ」と話し合っていた。こっちはまだ静かだったからいい。左隣に座ったカップル連れが最悪で、上映中に腕のばしたり、第二形態出てきたとき大声で「うわっキモッ!!」っていうし…

そんな興ざめした状態で鑑賞したこともあって、1回目の時より面白く感じなかった。

役所に近いところで働いていたことがあっただけに、巨災対のメンツを「そんなやついねーよ」みたいな目で見てしまう部分があった。これ1回目の時には感じなかった部分だ。

出てくるメンツなんで課長級なんだ、中央省庁の課長級ってそれなりにエリートだろ、尾頭さんにしてもあの若さで課長補佐って結構エリートなんじゃ(志村の先輩だからおそらくそれなりの大学出てるだろうしノンキャリアというわけじゃなさそう)。組織内の「鼻つまみ者」的な人間を集めた、みたいな話だけど、そもそも「鼻つまみ者」だったら課長になんてなれないし。

んでその人間たちがなんで現場にきてんだよ。あれか、上にも話通せるし、下にも指示出せる中間管理職だからか?そう考えると、話の通じない部長とか、勝手に突っ走ってしまう係長以下とか、そんなドラマも見えないところであったんだろうなあ、なんて。

あとあの組織内の決裁どうなってんだろ。立川の場面で矢口がぺちぺちハンコ打ってるシーンがあったけど、それ以外にどういう仕組みで合意形成して文書作ってまわしているのか。

そんなことを1回気にし始めたら急につまらなくなってしまって、冒頭の「そんなやついねーよ」なんて感想になるし、「お前らオタクってこういう「異能者集団をまとめて巨大な敵と戦う話」好きだろ?」っていうのを見せつけられているようでつらかった。庵野監督の作品はもう少し裏がありそうで、素直に受け取っていいものか非常に考え混んでしまう。

『シン・エヴァ』で『シン・ゴジラ』を凝視する人々の映像流れたら…いや、流すかもしれないし…どうなんだどうなんだ…。

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まあそういうことを考え始めてしまったら、1回目のときのように素直に見ることができなくなってしまったわけで。

あとね、避難所のシーンが数回出てくるんだけど、自分も体験していただけに直視することができなかったな。あのシーン見てたら地震のときの感覚がよみがえってきて泣きそうになった。日常に戻るときの安堵というか、よかったこれでゆっくり寝られるんだ、ていう気持ち。

映画のなかの「逃げる人々」に同情したのは初めてかもしれない。

 

うまく省いてあるなあ、という印象

先にも書いたけど、この映画、うまく省いてある箇所というか、「あとはご想像にお任せします」の部分が極端に多い。巨災対のさらに下で働くであろう人々のドラマとか、疎開した360万人の生活がどうなったか、とか。むしろそういう部分を想像させるように作ってあるのかな。疎開先の土地も食糧も高騰してるって話が劇中であるけど、絶対疎開者vs疎開先の人々の間でいざこざ起きてるだろうし。『はだしのゲン』や『火垂るの墓』で起きたようなことが『シン・ゴジラ』でも起きていたかもしれない。

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そういう、見えない部分への想像力をかき立てる手法はすごいなと。

ひょっとしたらこの映画、引き算の塊なんじゃないだろうか。そして盛り込むところはとことん盛り込む。ああそうか、エヴァもナディアもトップもそんな感じだな。 

あと庵野監督って日常の様子を描くのが上手だなと思った。エヴァでもあったけど、非日常から日常に帰った時の人々の様子とか、町の様子とか、すごく好きな感じ。何事もなかったかのように、なんだけど、確実に何かあったよね、みたいな、ああなんと言えばいいのか…蒲田の第二形態が消えてから、朝になって「おはよー!」って集まって一緒に学校にいく女子中学生たちとか、何事もなかったかのように動いてる東京の高速とか「普段の光景」なんだけど、確実に変容した「普段の光景」とでも言えばいいのか。

ところで、牧博士ってどうなったの?

劇中でいちばんいろいろと省かれてたのがこの人。そもそもどうなったかすら省かれている。動いてる姿すら劇中に出てこない。

こないだ弟夫婦とその話をTwitterでしていて、どうなったのか各人の見解はこんな感じになった。

・弟:ゴジラ自体が牧博士だ

二足歩行ができたのもその影響があったのでは?

・義妹:第二形態ゴジラに食われた(自らを食わせて進化の土台になった)

食ったから二足歩行できるように進化したのでは?

・私:そもそも「牧博士」なる人物は存在しない

米国によるでっちあげで、「牧博士」なる人物はそもそも存在しなかったのでは?存在しない人物と「実験動物」の登場で日本がどういう動きをするのかを見てみたかった?

とまあここも省かれた部分から来る想像力をかなり刺激するなあ。私の意見はかなり長くなるし考察としても弱いから今回は省略。

群体から個体そして群体への進化とか、ここら辺もエヴァのそれと通じるテーマだろうし、なんというかあれこれ語ろうとすればキリがないな、ほんと。

冷めた、といいつつも

感想文書いてたらまた見たくなってきたぞ。どういうことなんだこれは。なんでこう見たくなるのか。また来月1日のファーストデイにあわせて見に行こうかどうしようか。

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↑よい子はこれでアレの再現をしちゃダメよ。