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写真撮って、日記書いてます。

今更ながら、の話であるが

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748日目。仕事の日。

3回目打ってから副反応がずーっと続いてて、打った側の腕、つまり左腕側の具合があんまりよろしくない。肩まで痛くなってる。今回かなり長引いてて、じんわりとした頭痛もあって結構しんどい。明日まで続くようであれば病院とか、打ったところに報告した方がいいんだろうなあ…ああそう考えただけでも面倒くさい感じになっている。

市販の薬飲んで何とかならねーかな。

そのせいもあってか、今日もテンションかなり低めで動いている。何なら職場に行きたくないレベルでしんどい。しんどいが、昨日一昨日のこともあるし失点を回復せねばなるまい。というか、回復できるレベルなのだろうか。その点がものすごく気になるが、気にしていても始まらないので、自分のできることを確実にこなすという当たり前のことをちゃんとやろうと思った。今さらかよって感じだが、それすらできてなかったから、ちゃんとしなきゃ。

最近、また藤原新也をぼんやりと読み始めている。

メメント・モリ』も持っていたけど、片付けの時にどこかへやってしまった。どうやら買取本の中に混ぜてしまったらしい。果たしてあれはいくらになったのだろう。『印度放浪』を藤原が執筆したのが28歳のときらしい。わたしよりも10歳も下の時代か。わたしとほぼ近い年代の時は『東京漂流』を出していたとかいないとか。比べる必要もないのに、翻ってわたしは、とか考えてしまうのは器が小さい人間だなとか、そういうのを思ってしまう。

ただ言えるのは、自分もそろそろひとつ何かをまとめる時期に来ているんだろうなということ。それが何かは…それが何かが分かればまだいいのだが、何も分からない。そういうのってある日ぽーんと突然出てくるのだろうか。

『印度放浪』に限らず、あの世代の人は世界をぶらぶらしているし、なんか変に旅とかそういうものを「自分らはヒッピーとは違うんで」的な感じで書いているのが何だか面白い。本人たちはそう思っていたのかどうかは知らないけど、後世の人間が読むと「あんたのやってるのってヒッピーとあんまり変わらなくて、何ならモラトリアムの元気なバージョンだよ…」と思ってしまう。まあ時代というやつだし、自分自身が年をとったせいもある。もしかすると、今『東京漂流』を読むと、何か感じるものがあるのかもしれない。

文句は言っても、あの放浪している世代が書くものが好きだし、多分影響は受けてると思う。生き方まではそうはいかなかったけど。

次年度の企画案を上の人に相談したが、あまりいい反応はなかった。今までやってこなかったような過激な部分もあるので、それが懸念材料だという話だ。それを説き伏せるだけの材料を持っていなかった自分も悪い。戦略も戦術も考えずに飛び込んだらそうなるわけで、話の通し方を間違えてしまった感が否めなかった。

何事もやり方は大事だと思う。

昨日一昨日あった同僚との件も、わたしが思ってたところではないところでマズかったらしくてひとり慌てふためいてしまった。これもまたやり方の問題である…とか判断してないで次に会った時にきちんと謝罪しなきゃなあ。

今更ながら社会人一年目みたいなことをやらかしてるので、何事も反省が大事というわけで。本読んで落ち着くことができれば。いや、落ち着きたい。